2009年07月05日

宮木の烽火台

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 身延町下田原の富士川左岸堤防から、南側を見渡すと、
遠くに、ひときわ高い、とんがりお山が見えます。
この画面の中央の、遠くに見えているお山ですが、
身延町宮木という集落の南側にそびえる、標高約400mの山です。
これより東の高山、醍醐山(634.8m)から西に、
富士川に向かってせり出すように伸びる尾根の先端に当たります。
ここは、中世、山城であった場所で、とくに“のろし(烽火まはた狼煙)”の中継を担う
烽火台といわれるものであったと伝えられています。
のろしは、目で見て見える煙に情報をのせて、それをリレーするもので、
目で見るというだけなら、光の伝送ですから、現在普及が進んできた
光通信と同じ、とても早い情報伝達手段です。

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 その昔、ここに登ったことがあります。
山頂は岩山で、それを削って平坦地を造成し、山城の遺構とした形跡がありました。
その場所に、神社が祀られていたようで、国土地理院の2万5千分の1地形図には、
神社のマークがありますが、そのときには、社殿は倒壊し、荒廃していました。

 富士川の流れの周辺地域には、たくさんの、特色あるこの地域の歴史や
文化のようすを伝える文化遺産があります。
これもその1つ。
6月から、エート・マンの関心は、この富士川流域に向かっています。
なんか、「富士川流域王国」協賛事業みたいです。
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2009年07月04日

火の見ちゃん36

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 このところの話題は、身延町下田原の富士川の左岸堤防辺りのものが続いていますが、
今回もそこから始まりました。
堤防から下田原の集落を眺めたとき、ああ、あそこに火の見櫓が見えるぞっ!

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 それで、移動して、近くにたどり着きましたが、
意外に低めの火の見櫓でした。
それと、たいてい集落の中のメインの道路に面したものが多いのに、
ここは、どうたどれば、火の見櫓の真下まで行けるのか、ちょっとハテナでした。

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 通りすがりの地域の方に伺ってみると、そこの家の隅を通してもらっていったらいい、と。
ようやく下から見上げることが出来ました。
先ほど家の高さから比べて、低めだと思ったのですが、
下から見上げると、どうして、りっぱな火の見櫓です。

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 送電線鉄塔のような雰囲気を持つ、この火の見櫓ですが、
四方の山形鋼材による構造材の1つに、こうしたプレートが付いていました。
「平成12年7月吉日 建立」
平成12年というと、西暦2000年。
世の中、ミレニアムばやりで、浮かれていた年。
そんな中で、地域を守る新しい火の見櫓が誕生していたのですね。
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2009年07月02日

たんばらがわ・ひもん

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 これ、何だと、思われますか?

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 それは、これと関連したものです。
では、これは、何でしょうか?
対岸の国道52号を通るたびに、あの赤いの何だろう・・・?
と、ずっと不思議を感じてきていたのですが、このほど、ようやく解明しました。

 では、その正体は・・・???



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2009年07月01日

八幡さんは一番地

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 身延町下田原1番地にある、下田原の八幡神社、先日お参りしました。

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 八幡さんのおわす場所は、こちらのマップでご確認ください。

(この記事は、相変わらず未完です。
 少しずつ成長するかも・・・、
 でも、完成までは、まだしばらくかかりそうです)
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2009年06月30日

富士川沿いの国道維持は・・・

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 先日、身延町下田原地内の、富士川左岸堤防上から、
国道52号の、片側交互通行をしている、工事現場を遠望しました。

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 唐突な話題には、適度な整理が必要ですね。
工事現場をマップに落としました。
で、見ている場所はというと、「富士川」という表記の「川」の文字の辺りです。

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 もそっとズームインしてみました。
いつも国道52号を通るとき、この場所は、かなり所要時間が必要な片側交互通行を強いられ、
いつもいらいらしていましたが、その現場がこれなんですね。

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 もっともっとズームインです。
いやー、たいへんな工事。
働いている皆さん、ご苦労様です。

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 上から垂らされている綱に、命を預けて、急な場所での鉄筋組みをされています。
作業をされている上の段は、もう施工が進んでいる・・・。
こういう作業は、上から下へと進めているのですね。

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 一番下では、H鋼打ち込み支持による鋼板で仕切った工区の中で、
発生土の処理のため、ないしは、材料の送り込みのための、重機が動いていました。
この日は、土曜日だったのですが、一日も早く完成させるためか、
それとも梅雨時なので、出来る日はどんどんやりますよ、ということなのか、
多くの方々が工事に従事されていました。

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 命綱こそないですが、交通整理のガードマンさんたちも、
ある意味、命がけです。
こうして、多くの人々の安心・安全のために、働くおじさんたちの姿が
エート・マンの目に、しっかりと焼き付けられたのでありました。
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2009年06月29日

ばぶりぃな橋《完結編》

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 増穂町小林という場所にある“ある橋”を見て、
ばぶりぃーな橋」という記事を書いて、というより書きかけにして、
ほおかぶりをしていたら、このほど

>ドコの所がばぶりーなのですか?

というコメントをいただいてしまいました。
で、思い起こして、月が変わらないうちに完結させます。

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 富士川の支流の1つ、長沢川に架かるコンクリート製桁橋で、
その名を前田橋(まえだはし)といいます。
この橋を上流側から見ました。
空色に見えるのは、後から併設された水道の送水管です。
見たようにそんなに大きな橋ではありません。

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 そんなにスゴイ橋ではない(規模的に)のですが、
細かくかんさつすると、スゴイです。
(正直にいえば、無駄にスゴイと思いました。でも・・・)
このカットは、橋の北詰に立って、下流側を見ています。
橋のコンクリート製の欄干に「長沢川」と川の名前が記されています。
デザイン化されたコンクリートの欄干は、切れ目があって、
その部分に、鋼製の格子がはめ込まれています。

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 前のカットと同じ撮影位置で、今度は上流側の欄干を見ています。
デザイン性に富んだ欄干のようすが、おわかりいただけるかと・・・。
 親柱に相当する部分に、橋の名前のプレートが埋め込まれています。
また、地域の方々も、この橋を大切に思われているのでしょう、
欄干の脇に、花が添えられています。

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 実は、その「前田橋」だけで、“ばぶりぃー”といういことでは無かったのです。
これは、前田橋の少し上流のようすです。
長沢川の土手の両岸は、化粧したコンクリート壁になっていて、
ところどころに川に降りる石段が付いていました。

 この長沢川、やはり、富栄養という環境なためなのでしょう、
草がひどく生い茂っていました。
デザイン性や親水という今日的な課題が込められた川になっているようですが、
見たところ、そうは感じさせてくれません。
先ほど、嫌いな言葉、“無駄に・・・”というのを使いましたが、
無駄かどうかは、一度きり見ただけで、早急にそういうことはできない。
これから、できるならまた、足を運んで、地域の中での川と橋のようすを見なければ・・・。

 で、よく見ると、さらに別な橋が見えてきました。

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 前田橋の1つ上流の橋です。
前田橋とデザイン面で異なっていますが、大まかな仕様はよく似ている橋です。

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 こちらは、その橋の親柱に当たる部分・・・。
橋の名前のプレートには、「たけしげにしはし」とありました。
この写真の位置とは別な親柱には、漢字で「竹重西橋」とありました。

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 で、別な親柱を見ると「平成10年7月竣工」のプレートがありました。
前田橋の場合にも、全く同じ竣工年月の表示がありましたので、
一連の企画による橋なんだということがわかりました。

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 これらの橋と橋の間の堤防上には、ガードレールの代わりか、植栽帯があったりして、
そこには、植物のネームプレートが付いていたりもして、
まるで公園みたいな雰囲気ももちあわせていました。

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 さらに上流側です。
そして、また次なる橋が・・・。
もうそこまでは、行きませんでした。

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 それから、始めに見た前田橋の下流も同じような雰囲気がありました。
「川と橋の文化誌」ということを考えるのに、おあつらえ向きの場所だよなぁー。
確かに、大きなお金がかけられているはずだ・・・。
そういう意味で“ばぶりぃー”じゃないかなぁ・・・。
税金の使い道を云々じゃなくて、せっかく出来たモノをどうしていくか・・・。
作るよりも使う方がたいへんだよなぁ・・・。

いくつもいくつも、つぶやきがつづく時間を過ごしてしまいました。
こんな感じなので、途中で、放棄してしまったのかもしれません(笑)。
始めにふれたコメントを頂戴したお方、ご感想、いかがでしょうか。

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 一番初めの前田橋のかたわらに、こんな説明板が設置されていました。
すごいぞ、ホタルがいる川なんだ・・・。
だから、除草剤も使わないし、ホタルが産卵をするため草もあまり刈り込まない・・・。
「長沢川管理委員会」・・・か。
地域の皆さんの下向きな取り組みがあって、いっけん“ばふりぃー”が
実はとても重たいものを含んでいることがわかりました。
(これは、夏になると恒例の“ぷち・じゆうけんきゅう”でもあるなぁ〜)
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2009年06月28日

ちいきたいかい2009

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 中央市立玉穂生涯学習館です。
今日の午後、ここを会場に、山梨県考古学協会の2009年度地域大会が開かれました。

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 会は、谷口会長さんからのごあいさつから始まりました。

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 開催地の中央市の教育長さんから、歓迎のごあいさつです。
その背後に、大会のテーマが読み取れますが、
「中央市の古代・中世が見えてきた!」ということで、
サブタイトルが「考古学で探る歴史の空白」となっていました。

 いったい、何が見えてきたのか、何が歴史の空白だというのか、
それは、ここにまとめて、お伝えすることも考えましたが、やめときます。

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 内容は、中央市に関係がある3名の考古学分野の研究者と、
“歴史の空白”とされる時代を担当される県立博物館の学芸員さんの、
計4本の報告により、“見えてきたこと”が紹介・解説されるものでありました。
 梅雨時で、疲れもあったので、参加について躊躇していましたが、
いってよかった・・・です。
 講演された皆さま、裏方を支えられた関係の皆さま、
たいへんお疲れ様でした。感謝!
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かせんせいそう2009

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 昨日は、近くの滝戸川という中小河川の清掃活動があり、
朝6時からスタートの、地域住民総出の恒例行事に、
眠い目をこすりながら参加しました。

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 清掃といっても、水路のドロ揚げのようなものではなく、
背丈以上に生い茂ったアシ類などを、刈り払い機で刈り取る作業です。
 子どもの頃、よく遊んだこの川は、草などほとんど無い、石ころだらけの河原でしたが、
いまでは、雑排水などが流れ込み、富栄養化が進んだためか、
青々と草が茂っているので、河川敷は大水の時などに、流れをさまたげるし、
堤防は見通しが悪くなるので、こうして住民の共同作業できれいにしていきます。

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 こちらは、我が進むべき目の前の河川敷・・・、

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 そして、振り返ったところ、つまりビフォー&アフターです。
この川は、少し前まで、夜、ホタルが飛び交う光景が見られました。
なので、川縁の草は、60センチほどの高さを残して刈り払い、
ホタルの命をつないでいくことにも配慮しています。
 で、立っている場所は、水の中・・・、
長靴を履いてはいるのですが、水深がそれ以上あり、
いったん濡れると、後はもうお構いなしになって、がんばりました。
 えっ、のんびり写真なんか撮っていいのか、ですって?
あぁー、それはですねぇ、休憩タイムの声がかかったときのことなので、
だいじょうぶなんですよ。ほら、もう誰もいないでしょう!

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 やぁー、どうも、おつかれさん、今日は暑いですなぁー!
と、休憩時間を入れながらの作業でありました。
こうした時間に、いろいろな話題があって、地域の連帯が保たれていくのです。

  夏草や 川がとりもつ 地域の輪

というようなところでありました。

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 なお、これまた恒例で、川が終わると、その後は、
お山にあがる農道の両側の除草作業です。
こちらの写真の撮影時刻は、12時06分。
この日の作業が終わって、引き上げのタイミングの撮影です。
 暑さも応えましたが、河原の不安定な場所を歩くだけでも、
普段使わない筋肉を使い、さらにお山の上まで作業しながら歩いて、疲れましたよ。
おまけに刈り払い機の振動が腕に来て、もうたいへんでした。
でも、心地よい疲れでもありました。
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2009年06月26日

梅雨の中休みの日没

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 今日、某所から見た日没であります。
日没するところは、南アルプスの鳳凰三山の中の観音岳(2840m)で、
写真は、午後6時33分58秒の撮影です。
(詳細は、別ブログで紹介してます・・・http://blog.goo.ne.jp/bnvn09/e/2aed6f3e54baa1ac91806242b0300a4f

 今日は、“6.20”で、「露天風呂の日」だとか。
こんな夕日見ながら、露天風呂につかる・・・なんていうの、したかったな・・・。

 おっと、それどころではない。
あしたは、地域の河川清掃、朝6時から・・・。
早く寝て、早起きして、がんばらねば・・・おやすみなさい眠い(睡眠)
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2009年06月24日

あれれ、川の名前、変わったの???

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 「南部あじさいまつり」の幟旗がいくつもくくりつけられた、
県道10号に架かる新しい橋から、前回の“中沢川橋梁”を見ています。
JR身延線の中沢川橋梁と、こちらの県道10号に架けられた
まだ真新しい橋梁との間は、おそよ50m弱。
全く同じ川に架かっている橋なのですが・・・。

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 上の写真の、手前の端の欄干にある橋の名称のプレート部分を切り出しました。
いわく、「なかむらがわはし」
これって、どういうことなのでしょうか。
ニックネーム bnvn05 あるいは“エート・マン” at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 橋と川の文化誌